即席未亡人を語る前に一つ確認したいのだが、あなたは未亡人の生息域をご存知だろうか?
気候的な生息条件を述べると、我々一般人と大きな差は無い。
俗に未亡人は冬が似合う、九十九里浜でトレンチコートでも着ているのがベストだ、と考える人も多く居ると思われるがそれは「不倫」やら「逃避行」「別れ」という、未亡人に付きまといがちな付属的なマテリアルによって与えられた誤ったイメージである。
実際には未亡人は、南は沖鳥島から、北は宗男ハウス付近まで、実に広い範囲に生息しているのである。
つまり未亡人の生息条件として、「寒暖の差」は全く問題ではなく、沖縄で島唄を歌っている半袖の未亡人も存在することを知っておいて頂きたい。
とはいえ、未亡人も人間である限り、「酸素が無いところ」「気圧が必要以上に高いところ」「衣食住に事欠くところ」には生息していないことも自明の理であり、富士山の火山河口部をのぞきこんでも、断じて未亡人には会えない。
やはり適度な気温と気圧、湿度、それから食べ物(ただし旦那が死んでから5日までは食料的なものはむしろ不必要である。ハンケチさえあれば良いのである)がある場所こそ、未亡人の生息域として相応しい。
では、効率よく未亡人に会う為にはどの地域を探せばよいのだろうか。
例えば猿に会いたければ森へ、蝶々を見たければ菜の花畑へ、白い帽子とワンピースを着てお母さんの誕生日に贈る草の冠を一生懸命作っている無垢な少女に会いたければクローバーの咲く高原へ、といったように物事にはある程度規則が存在する。
未亡人の生息域についても同様に、そのようなパターンが確かにある。
俗に「未亡人三大生息域」と呼ばれている場所、つまり「京都」「金沢」「秋田」がそれである。
ただ、前者「京都」「金沢」は未亡人だが、「秋田」の場合は後家さんと呼ぶことを忘れてはならない。
この三大生息域に行けば確かに未亡人に会う確立は高い。
しかしいかなる条件時にでも合えるわけではないことは、菜の花やクローバーがいつでも咲いているわけではないことを考えても当然の事実である。
例えば京都の場合、時期は夏が見頃であり、大文字祭りが行われる頃、浴衣を着て髪を結上げ、屋台舟でうちわを優雅に仰いでいる流し目の女性が居れば、それが未亡人である。
冬の京都に行っても、屋台舟に乗る人間はいるはずもなく、シーズンオフになると京都人はとたんに外者に冷たくなるので、未亡人探求のために各地を浮浪している研究家の皆様は、時期を心得た上で京都入りしていただきたい。
また、金沢では逆に未亡人前線が北上する冬が未亡人・本番となる。
朱に塗られた橋の上で唐傘をさし、丹前に積った雪も気にせず川に張った氷を見ている、空気と同化して今にも消えて無くなりそうな薄い表情の女性が居れば、それが未亡人である。
これら二箇所の未亡人は、状況や雰囲気、精神的な交流を楽しむ属性を持っている場合が多いので、声のかけ方などには重々注意したい(詳しくは次項・作法にて紹介)。
では秋田はどうか?
秋田は年中未亡人、もとい後家さんが存在する。
例えばあなたが秋田のとある農村を尋ねたとする、向こうから歩いてきた頬かむりをしたおばあさんにこう尋ねる、「後家さんを探しているのですが……」。
そういったら最後、あなたは何時間もおばあさんの下世話話を聞かされることになる、「山田さんちのあの嫁さんね、ずうずうしいったらありゃしない。旦那さんが死んで、仕事もなんもしてないのに、あんた、まだ婿さんの家に居座って、まあ、よそ者のくせに。ああだ、こうだ……」。
もちろんそのように邪魔者扱いされる後家さんばかりではなく、旦那が死んだ後もこの寂れた農村にいつまでも居てくれて……、と感謝されている後家さんもいる。
そしてどちらの場合でも大抵、後家探しをしているあなたの存在は歓ばれる。
農村はなんにせよ働き手を欲している、血族・地縁を重んじてばかりいては農村が朽ち果てることを彼らは十分理解しているので、嫁の新しい旦那でもなんでも、とにかく男手を得たいのである。
そのようなわけで、秋田の後家さんは他地域に較べると自然、新しい縁を強く求める傾向がついており、その結果献身的で思いやりのある人が多い(タダでさえ、旦那の実家の田舎まで嫁に来てくれた人なのだから、当然といえば当然なのだが……)。
そのような秋田後家の特性を、民俗学者である柳田国生氏は著書・「未亡人永代記」にこう記している。
「(前略)上記のように、秋田という特性が、未亡人という存在に独特の価値を与えているのである。
司馬遼太郎氏がいう『文化のまほろば』としてのみちのくは、伝統的な文化価値と経済的な条件が重なり、新たな血縁・地縁の意味を模索している。
最後に、彼らの田植え小唄を紹介して、私の研究報告を終えたい。
――京都、金沢質良いけれど、一生連れ添う縁は無し。
秋田農村貧しいけれど、花笠もって待っとりゃす。」
このように、民俗学的見地から見ても、秋田という土地が他の未亡人生息域とは違う意味を内包していることがうかがえる。
さて、以上のことから、未亡人は闇雲に探すより、彼女等が住みやすい、活動しやすい、寄り付きやすい環境をあたる方が効率よく接触できる事を理解していただけたと思う。
ただそれでは、九州にいる、旅費が無いから京都までいけない、金沢を夜逃げしてきたばかりだ、というように悪条件・コンディションの悪さにより三大生息域に行けないという人は、一生未亡人に会えないという極めて寂しい人生を送らなければならないのだろうか。
その打開策として、学会では「即席未亡人」作りの方法論を日夜研究している、つまり中国に行かなくても家庭で即席ラーメンを食べるが如く、生息域に赴かなくても未亡人に会える方法があるのではないか、といったことを研究しているのである。
その成果として、公表できるものから順次発表していきたい。
強奪派による即席未亡人方法…これは当全未連と反目しているタカ派、「強奪派」による、ややもすると犯罪に近い方法である。彼らはホスト崩れや元Jリーガーなど、ある程度顔かたちの整った人間たちをかき集め勢力を強めている急進派で、そんなグループらしいこの方法をまずはじめに紹介するに至ったのは、読者に未亡人というものの魅力や意味を自主的に真摯に考えて欲しいからである。
さてその方法とは、まず西郷輝彦ばりの良い顔の男が、まだ旦那が生存している奥さんに近づく。昔バーベル挙げで銀メダルを取った事がある、などの当り障りがない割に凄そうな感じのする話の種を巧みに使い、彼女の心を射止める。そしてわざと彼女の旦那にそのことをバラし、彼を精神的に追い詰め、やがてぼろぼろになった彼を死に至らしめる。そう、こうして彼女は晴れて未亡人になったのである。
どうだろう? このような方法が許されて良いのだろうか? 全未連では、未亡人嗜好の最も味わうべきものを「旦那を想う気持ち」の揺れ動き、葛藤にあると見ている。つまり実際2人しか居ないこの世界で、架空の三角関係に揺れる心境こそ、未亡人的葛藤として敬愛するものである。全未連は決してこのような「強奪派」の即席未亡人方を許容したりはしない。
自死派による即席未亡人方法…これはまったく逆のパターンである。彼ら自死派は未亡人を愛するが余り、自分を捨てる覚悟を持った、一種の聖者主義とも受け止められる考え方を持った人々である。
彼らはまず未婚の女性を結婚する。そして契りを交わすことも無く、自死するのである(この自死を彼らは「未来への渇望」と称している。死という言葉を避けることで、死を選びやすくしているのである。これは自殺テロなどを促す場合も使われることで彼らの指導者はジハード、聖戦と呼び鼓舞する)。そう、つまり彼らは自分が死ぬことで最愛の妻を、最愛の未亡人にすることに歓びを感じる一派なのである。もちろん彼女が未亡人になる歓びを生きて感じることはできないが、それを想像することで大きな満足感を得るのである。
これもなかなか理解し難い方法であるが、未亡人愛好家の意気込みとして学ぶべきところがある。ちなみに彼らはその他愛主義、自虐思考故に学会からは、「未亡人愛好家界のジャイナ教徒」と謳われ、精神論的な話しの上では美徳としてよく名前が挙がる。ただし、自死派の人員すべてがその境地まで達する事ができるわけではなく、また自死したと思わせておいて、実際は安く買ったフィリピン国籍などで平気で海外に移り住むものも居ることを明記しておく必要があろう。
全未連…実はまだ研究中であり、きちんとした形のものは発表できずにいる。
自分の娘を未亡人にするという荒業で、お見合い相手に病弱で持病持ちの男を選んだりすれば即席で作れるのではないかという案も当全未連で大きく取りざたされているが、倫理面での調整や、未亡人嗜好プラス我が娘敬愛主義の人間も多い全未連では物議を醸しているところである。
完成次第発表したいと思っているのでご理解願いたい。
なんにせよ、未亡人とは旦那が死んでこそ初めて生まれる存在である。
人の死という大きな動きにこそその価値を高めている大きな要因が隠されている。
その「死」を即席に、簡単に得ようという考え方は、あるいは未亡人嗜好家として良くない発想かもしれない。
ただ、それほどまでに未亡人という偉大な存在に、自身を近づけたい、もっと引き寄せたいという思いがこのような発想へと繋がっていることをご理解いただければ幸いである。
つまり、人類はそこに何も無いことを知っていても、月の表面に立ち、その重力を感じたいと願う生き物なのである。
私を含めすべての未亡人研究かも、そのような人間のサガ故に即席、という方法を考えようとしているのである。